提言9: 新学習指導要領に基づいた小学校の理科教育

T 新学習指導要領の告示
 文部科学省は、小中学校の新学習指導要領を2008年3月28日付官報で告示した。2月15日公表の改訂案と比べ、小、中学校とも総則の道徳教育の項目に「わが国と郷土を愛し」という表現を加えたほか、小学校音楽では「君が代」を「指導する」から「歌えるよう指導する」と改め、到達目標を示した。
 小学校は2011年度、中学校は2012年度から完全施行するが、一部は2009年度から前倒しで実施するようである。とくに理科、算数・数学科は授業時間も前倒しで増やすとしている。

U 学校教育法等の一部を改正する法律
 教育基本法の改正(2006年12月)及び中央教育審議会の答申等を踏まえ、学校教育法等の一部を改正する法律(2007年6月)によって、義務教育の目標が次のように改正された。
 小・中・高等学校においては(第30条第2項、第49条、第62条)、「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない。」

V 理科の改訂の趣旨
 今回の小学校理科の改訂は、学校教育法等の一部改正に伴う義務教育の目標及び教育課程審議会の答申のねらいを踏まえて行われた。この答申の中で、小学校理科については、改善の基本方針と改善の具体的事項が次のように示されている。

3-1 改善の基本方針
● 理科については、その課題を踏まえ、小・中・高等学校を通じ、発達の段階に応じて 子どもたちが知的好奇心や探求心をもって、自然に親しみ、目的意識をもった観察・実験を行うことにより、科学的に調べる能力や態度を育てるとともに、科学的な認識の定着を図り、科学的な見方や考え方を養うことができるように改善を図る。
● 理科の学習において、基礎的・基本的な知識・技能は、実生活における活用や論理的な 思考力の基盤として重要な意味をもっている。また、科学技術の進展などの中で、理数教育 の国際的な通用性が一層問われている。このため、科学的な概念の理解など基礎的・基本的 な知識・技能の確実な定着を図る観点から、「エネルギー」、「粒子」、「生命」、「地球」 などの科学の基本的な見方や概念を柱として、子どもたちの発達の段階を踏まえ、小・中・ 高等学校を通じた理科の内容の構造化を図る方向で改善する。
● 科学的な思考力・表現力の育成を図る観点から、学年や発達の段階、指導内容に応じて、 例えば、観察、実験の結果を整理し、考察する学習活動、科学的な概念を使用して考えたり 説明したりする学習活動、探究的な学習活動を充実する方向で改善する。
● 科学的な知識や概念の定着を図り、科学的な見方や考え方を育成するため、観察・実験 や自然体験、科学的な体験を一層充実する方向で改善する。
● 理科を学ぶことの意義や有用性を実感する機会をもたせ、科学への関心を高める観点か ら、実社会・実生活との関連を重視する内容を充実する方向で改善を図る。また、持続可能 な社会の構築が求められている状況に鑑み、理科についても、環境教育の充実を図る方向で 改善する。

3-2 改善の具体的事項
 生活科の学習を踏まえ、身近な自然について児童が自ら問題を見いだし、見通しをもった観察・実験などを通して問題解決の能力を育てるとともに、学習内容を実生活と関連付けて実感を伴った理解を図り、自然環境や生命を尊重する態度、科学的に探究する態度をはぐくみ、科学的な見方や考え方を養うことを重視して、次のような改善を図る。

(3-21) 領域構成について  児童の学び方の特性や二つの分野で構成されている中学校との接続などを考慮して、現行の「生物とその環境」、「物質とエネルギー」、「地球と宇宙」を改め、「物質・エネルギー」、「生命・地球」とする。

(3-22) 「物質・エネルギー」について  児童が物質の性質やはたらき、状態の変化について観察・実験を通して探究したり、物質の性質などを活用してものづくりをしたりすることについての指導に重点を置いて内容を構成する。また、「エネルギー」や「粒子」といった科学の基本的な見方や概念を柱として内容が系統性をもつように留意する。
 その際、例えば、風やゴムの働き、物と重さ、電気の利用などを指導する。また、現行で課題選択となっている振り子と衝突については、振り子は引き続き小学校で指導し、衝突は中学校に移行する。

(3-23) 「生命・地球」について
 「生命・地球」については、児童が生物の生活や成長、体のつくり及び地表、大気圏、天体に関する諸現象について観察やモデルなどを通して探究したり、自然災害などの視点と関連付けて探究したりすることについての指導に重点を置いて内容を構成する。また、「生命」や「地球」といった科学の基本的な見方や概念を柱として内容が系統性をもつように留意する。
 その際、例えば、自然の観察、人の体のつくりと運動、太陽と月などを指導する。また、現行で課題選択となっている、卵の中の成長と母体内の成長、地震と火山はいずれも指導する。

(3-24) 科学的な思考力・表現力の育成   児童の科学的な見方や考え方が一層深まるように、観察・実験の結果を整理し考察し表現する学習活動を重視する。また、各学年で重点を置いて育成すべき問題解決の能力については、現行の考え方を踏襲しつつ、中学校との接続も踏まえて見直す。

(3-25) 生活科との関連  生活科との関連を考慮し、ものづくりなどの科学的な体験や身近な自然を対象とした自然体験の充実を図るようにする。

(3-26)環境教育との関連   環境教育の一層の推進の観点から、地域の特性を生かし、その保全を考えた学習や、環境への負荷に留意した学習の充実を図る。
 以上に示された方針を踏まえて、小学校理科では、目標や内容の改善が行われた。

W 改訂の要点
4-1 目標の改善

 理科の目標は、小学校理科全体のねらいを総括的に示した教科目標と、各内容区分に対応するねらいをやや具体的に示した学年目標とから構成されており、この点は従前と同様である。
 今回の改訂では、次の点が重視されている。
@ 現行の「生物とその環境」、「物質とエネルギー」、「地球と宇宙」を改め、「物質・エネルギー」、「生命・地球」の2区分の目標とする。
A 見通しや目的意識をもって観察、実験などを行うなど、児童の自然の事物・現象への意 図的な働きかけを重視する。
B 自然の事物・現象を比較したり、関係付けたり、推論したり、計画的に観察、実験を行 ったりするなど、問題解決の能力の育成を重視する。
C 日常生活との関連を一層重視することによって、児童が主体的な問題解決の活動を通し て、自然の事物・現象の性質や規則性を実感するとともに、科学的な見方や考え方を自ら 構築できるようにする。
 小学校理科全体のねらいを示した教科目標と、各内容区分ごとの学年目標は、次のように改善されている。
  (ア) 教科目標  教科目標は、教育課程審議会答申などを考慮して、能力、態度、理解、科学的な見方や考え方の育成を目指すものとなっている。このうち、特に今回は、「実感を伴った」という部分が付加された。この部分は、児童の実感が伴うことによって、意欲的、主体的な問題解決の活動を行うことを示している。
(イ) 学年目標  学年目標は、各学年において育成すべき問題解決の能力を明確にし、次の2点を強調している。
(1) 各学年で重点を置いて育成すべき問題解決の能力を目標として位置付けている。
(2) 各学年の目標は、児童が働きかける対象と対象に働きかける視点から構成している。

4-2 内容の改善
 内容については、次のような観点を重視し、その改善を図っている。
(4-21)「理科」改訂のポイント
@ 基礎的・基本的な知識・技能の定着のため、科学の基本的な見方や概念
(「エネルギー」、「粒子」、 「生命」、「地球」)を柱に、小・中学校を通じた内容の一貫性の重視。
A 国際的な通用性、内容の系統性の確保等の観点から、必要な指導内容を充実。
(「物と重さ」、「人の体のつくり」等)
B 科学的な思考力・表現力等の育成の観点から、観察・実験の結果を整理し考察する学習活動、科学的な概念を使用して考えたり説明したりするなどの学習活動等を充実。
C 科学を学ぶことの意義や有用性の実感及び科学への関心を高める観点から、日常生活や社会との関連を重視。
(4-22)学習内容の改善・充実
@ 内容構成の見直し等
  ○基礎的・基本的な知識・技能の定着のため、科学の基本的な見方や概念(「エネルギー」、「粒子」、
  「生命」、「地球」)を柱に、小・中学校を通じた内容の一貫性を重視。
  ○児童の学び方の特性や二つの分野で構成される中学校との接続を考慮し、従来の3区分から、
  2区分(「物質・エネルギー」、「生命・地球」)に内容を再構成
A 主な指導内容
(ア)第3学年
  ・ 身の回りの生物を観察し、生物と周辺環境との関係を観察する。
  ・ 風やゴムで物が動く様子を調べる。
  ・粘土などを使い、 形が変わっても重さが変わらないことや、同じ体積でも物質によって重さが違う
  ことがあることを調べる。
(イ) 第4学年
  ・ 天気によって1日の気温の変化に違いがあることを調べる。
  ・人や動物の体の動きを観察し、骨や筋肉の動きを調べる。
(ウ) 第5学年
  ・おもりの重さや糸の長さを変えて、振り子の運動の規則性を考える。
  ・魚は水中の小さな生物を食べ物にして生きていることを理解する。
  (エ) 第6学年
  ・電気を作り出し、光などに帰られることを理解する。
  ・月の位置や形と太陽の位置を調べ、月の見え方や表面の様子を考える。
B 今回増える内容(*は新規内容)
 (ア)第3学年
    ・物と重さ(うち「形と重さ」は新規、「体積と重さ」は中学から移行)
  *身近な自然の観察 *風やゴムの働き
 (イ) 第4学年
    ・骨と筋肉の働き(うち「関節の働き」は新規、その他は中学から移行)
 (ウ) 第5学年
    ・水中の小さな生物(中学から移行)
    ・川の上流・下流と川原の石の大きさや形〈前回改訂で削除〉
    ・従来、課題選択であった「卵の中の成長」と「母体内の成長」をいずれも必修化
    ・「振り子の運動」と「衝突」は「振り子の運動」を指導(「衝突」は中学校へ移行)
      *雲と天気の変化の関係
 (エ) 第6学年
    ・植物の水の通り道(中学から移行)
    ・食べ物による生物の関係(食物連鎖)〈前回改訂で削除〉
    ・月の位置や形と太陽の位置〈前回改訂で削除〉
    ・月の表面の様子〈前回改訂で削除〉
    ・従来、課題選択であった「火山の噴火による土地の変化」と「地震による土地 の変化」を、
      いずれも必修化。
      *てこの利用(身の回りにあるてこの利用) *電気の利用 *人の主な臓器の存在
(4-23)言語力の育成・活用の重視
    ・第6学年の目標の中に「推論」を新たに規定。
    ・「観察、実験の結果を整理し考察する学習活動」、「科学的な言葉や概念を使用して考えたり
      説明したりするなどの学習活動」の充実を新たに規定。

X 新学習指導要領に基づいた理科教育への提言
5-1 校長として新学習指導要領の理念の実現をどう進めるか

 文部科学大臣の談話によれば、小学校は2011年度、中学校は2012年度から完全実施になる新学習指導要領、理科、算数科は授業時間も前倒して2009年度から実施することになりそうである。
 小学校理科が2009年度から実施することになれば、1年後の実施である。1年間で 新学習指導要領の理念と構造を理解し、理科のカリキュラムを構成していくことが課題となる。
 校長のリーダーシップのもとに、本会の「提言Z 新指導要領の理念を踏まえて授業改善をしよう」で述べられていることに基づいて、早急に取り組む必要がある。
5-2 新しい理念と内容を校内研修で把握する
 これまで、学習指導要領が改訂されると、教育現場では、「新しい内容は何か」「削減される内容は何か」「他の学年へ移行する内容何か」などが、話題の中心で、新たな理念や構造については、あまり関心がもたれなかった。それは、学習指導要領が改訂の度に、精選、厳選で内容が削減されてきたからでもある。
 今回の改訂では、内容が増加しただけではなく、科学の基本的な見方や概念として、「粒子」「エネルギー」「地球」「生命」の4つの柱で構成された理念が明確に示された。また、小・中学校を通じた内容の一貫性が重視された。
 告示された学習指導要領を受け身で受け止めるのではなく、自分なりに創造的に取り組んでいくことが重要である。そのためには、学習指導要領の理念とその構造、そして内容について、校長を中心とした校内研修で把握していかなければならない。さらに、教科(理科)の年間指導計画、単元構成、授業展開についての研究も必要である。
 校内研修の組織と実施要項を早急につくりあげ、それに基づいて実施していくことが重要である。
5-3 実感を伴った理科教育の実現を目指して
 今回の改訂では、理科の目標に「実感を伴った」という文言が付加された。この部分は、児童の実感が伴って、はじめて意欲的、主体的な問題解決の活動ができることを示している。つまり、実感を伴った理解でなければならないということである。
 具体的には、「@体験を通した理解:飼育・栽培・ものづくり」、「A活用:学んだことを生かす。身の回りの生活や実社会に役立てる。」、「B問題解決の学習:追究すべき価値ある問題を、自然事象と既習事項などに基づいて自ら創り上げ、それを追究し深めていく学習過程の重視」によって、実感を伴った理科教育が実現すると考えるからである。
 今回の改訂では、20年ぶりに復活した内容もある。それを単なる復活として捉えるのではなく、内容の系統性、問題解決を目指すという観点から捉え、理論研究、教材研究が重要となる。また、新しく取り上げられた内容についても徹底した理論研究、教材研究を行い授業の構成を図っていかなければならない。
 校長先生はじめ各先生方の、ご精励を期待したい。

[追記] 次の資料⇒ 「新学習指導要領:小学校理科の内容」も、ご参照下さい。

以 上   


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