提言19: 課題解決力をはぐくむ方策について (2009/4 記)

 新学習指導要領は、知識を活用しての課題解決力をはぐくむことを、学校が達成すべき目標の1つとしてあげている。
 教育活動の課題である「課題解決力」をはぐくむ方策について、提言したい。
 課題解決は、意欲・関心・態度と同様、具体的な課題があってはじめて成り立つ活動であり、課題解決力をはぐくむ方策も、取り組む課題により異なる。しかし、具体的な方策の根底には基本となる方策があり、基本的な方策を具体的な課題に結び付けて指導の方策を立てることが大切である。課題解決力をはぐくむ基本的な方策は、次の2点であろう。
@)課題解決の基本的な過程に即した指導を行う。
A)課題を支える基本的な考え方に沿った指導を行う。

T 課題解決の基本的な過程について
1-1)課題発見力について
 課題解決は課題の発見にはじまる。課題意識は、身の周りに起こる事象に感動したり困惑を感じるとき、あるいは将来自分が遭遇する可能性のある事象に危機的状況を感じるとき、そしてその事象が整合的に解釈できないときに生じる。日常の生活、あるいは学習の過程で感じる感動や困惑は前者であり、環境問題などは後者に当たる。
 課題の発見に際して大切なのは、身の周りで見たこと、感じたことを、そのままの状態で認識し、その事象の整合的な解釈を試みる態度が必要である。そして、子どもがこの様な態度を持つには、教師自らが常に感動や疑問に正対し、その解決を追求しようとする姿勢を示すことが大切である。

1-2)課題解決の基本的なプロセスについて
 身の周りの事象に課題を感じるのは、その事象が合理的に解釈できないからである。課題解決は、事象の合理的解釈を求めて行われる。 社会に大きなインパクトを与える課題解決も、われわれの日常で見られるごく当たり前の課題解決も、そのプロセスは同じである。
 課題解決の過程は、準備期、孵卵期、啓示期、検証期の四つに分けられる。
(1) 準備期とは、課題の合理的解釈に必要な情報の収集を行い、集めた情報を操作して合理的解釈の手掛かりを探索する段階である。
 探索は課題を構成する情報を分析することにはじまり、課題と関係のある情報の収集へと進む。この、収集・分析の作業を通して、合理的解釈を阻むものは何か、何が分かれば合理的解釈が可能になるかを明らかにする、すなわち課題解決のカギを明確に把握する必要がある。このとき大切なのは、与えられている情報を、明確にしかも客観的に把握することである。課題を徹底的に理解することが課題解決の前提である。
 課題解決は、課題の合理的解釈を阻むものを分析する、すなわち目標を分析し、与えられている情報(条件)とのギャップを明らかにするなど、課題を目標から逆に考える目標分析的手法が有効である。例えば、目標を下位目標に分ける、目標にたどり着くにために必要な情報を求める、などの手段である。
 準備期における情報の収集・整理に用いる手段は、まとめる、分ける、並べる、比べる、動かすなど、われわれが日常生活で用いる手段ではないかと思う。この様な手段を駆使して、条件や目標を分析し、課題の解決に必要と思う情報の絞り込みを図るのが、準備期である。
 (2)孵卵期とは、収集・分析した情報をあたため、解決の手掛かりが得られるのを待つ段階である。準備期における作業の段階で、課題解決に結び付く情報が得られるとは限らない。そのときは、その課題から一時期離れなければならない。それが孵卵期である。課題から一時離れることによって、視野が広まり、それが課題解決の手掛かりに結びつくことが多い。
 (3) 啓示期とは、解決策に思いが至る段階である。心に霧がかかりもやもやしている状態にあるとき、突然すばらしいアイディアが思い浮かぶ。インスピレーションの誕生である。このときわれわれは「アッ、わかった」という充実感を伴った思いを経験する(アハー体験)。このアイディアを軸に、今までばらばらのように見えた対象が互いに関連づけられ、そこに解決を示唆する新しい構造が導入される。そしてこの方法で解決できるという確信がわき、目の前の霧が晴れてすっきりした感じになる。
 「アハー体験」は、課題解決力の自信や課題解決に積極的に取り組む姿勢を育む。「アハー体験」を伴うわかる経験は大きな感動を伴う。教師が具体的なヒントを与える、あるいは解法を示すことでも「アハー体験」は生じる。「アッ、そうか」とか「何だ、そうだったのか」と感じたとき、子どもの心には「アハー体験」が生じている。  「アハー体験」は、準備期における懸命な情報の収集や分析、すなわち考えに考え抜いた後でないと生じない。子どもが真に欲している情報に接したときに生じるのである。従って、「アハー体験」の経験は、懸命に考える努力が前提となる。
 (4)検証期とは、啓示で得られたアイディアにもとに、問題の解決を図る段階である。得られたアイディアで課題を整理したときに、矛盾がなく論理性が見出せること(内的整合性)、さらに整理された課題とそれを取り巻く諸々の事象との間に矛盾がないこと(外的整合性)などを正しく検証する段階である。 
 明治時代に普及した予備・提示・比較・総括・応用の五段階教授法、また、戦後用いられた「目的設定・計画・遂行・評価」のプロセスで学習を進めるプロジェクト・メッソドなどの学習法は、有効な学習法である。これらの例が示すように、課題解決の指導に当たって、教師が常に課題解決のプロセスを意識すること、そしてときに応じて解決のプロセスを子どもにも意識させることは、効果のある学習法である。

1-3)ひらめきを生む心の働きについて
 問題解決の中核である啓示あるいはひらめき、インスピレーションは、必要な条件がすべて手元にあり、考える対象(目標)が焦点化されている、しかし目標を合理的に解釈する情報が見出せない、その情報を求めて考えに考え抜く、そして考えに疲れ休む、そのときに情報が見出されることが多い。啓示は考える対象を明確に把握し、考えに考え抜いた後で、集中的な考えを一時休止する、そのとき視野が広がり、生じるようである。
 ひらめきを生む心の働きは、人の心の最も深遠な働きであり、永遠の謎であろう。しかし、ひらめきは例えば次のような作業をしているときに生まれることがある。
 (1) 問題の分野とは異なる分野に属する知識を用いて問題を解釈する。あるいは知識をまったく別の視点から見て、新しい解釈をそこに見出す。
 (2) いくつかの知識をあわせて新しい知識をつくり出し、それ用いて問題を解釈する。特に、異質と思われる知識に同質性を見出し、それを組み合わせて新しい知識をつくる。
 (3) 一つの知識からその知識を構成するある要素を取り除く(抽象化)、または新しい要素を付け加える(具体化)などにより新しい知識をつくる。
 (4) 問題を別の観点から見ることによって、合理的解釈の立たない箇所に新しい解釈を見出し、それに適した知識を用いる。
 (5) 知識が共通性に着目して、より総合的な知識をつくる。  lang=EN-US>
 以上のから、課題解決のプロセスを次のように考えることができる。
 与えられた条件(情報)から、結論(目標)が論理的に導けない、条件と結論の間にギャップがある、と感じるときわれわれはそこに課題を感じる。このギャップを埋めるために、条件から結論が合理的に導き出せる新たな知識の導入を考える。そしてこの導入された知識で、ギャップが合理的に解釈できたときに、課題が解決されたことを感じる。このように知識を道具として用い、課題の解決を図るのが、課題解決のプロセスである。

1-4)価値意識の育成について
 われわれは膨大な知識を持っている。この膨大な数の知識の中から、これこそ有効と思われる知識を選ぶ基準は何か。
 科学者は秩序、調和、対称性とかいった科学的美しさの感受性にそれを求める。例えば、湯川秀樹博士は、自然はその本質において単純であり、自然現象が見かけの上ではどんなに複雑多様であっても、その奥底に立ち入って見れば、必ずそこに簡単な法則が見いだせる、とする自然観が、科学者をして自然の法則の探索に向かわせたという。
 課題解決に有効に働く知識は、その人のセンス、審美眼、すなわち、多くの知識から、課題解決の決め手となる知識を選ぶその人固有の選択眼によると言わる。このように、課題解決力の基となる判断は、その人の審美眼、すなわち価値意識 感性に基づくものであり、課題解決力は、その人の感性に支えられていると言えよう。
 従って、課題解決力を育くむことは、その人の感性を育むことであり、価値観(感性)は、その人のその後の人生に影響を持つ経験を通して培われる。単純・明瞭なものを美しいとする科学的な見方のみでなく、これからの社会を生き抜く子どもには、例えば生態学的な見方など他の見方を経験するなど、豊かな経験を通して多様な価値観をはぐくむ必要がある。どの様な経験がどの様な価値観を育むか、その学習活動を探る必要がある。 lang=EN-US>

 U 課題(教材)を支える基本的な考え方について
 課題(教材)には、それを支える基本的な考え方がある。その考え方に即した指導をすることが、課題解決力の育成には欠かせない。
 昭和40年代、教育内容の現代化が叫ばれた時代、算数・数学にあっては「集合の考え」の重要性が指摘された。「集合の考え」の基本は、課題を構成する基本的要素を、それに対する操作と結び付けて明確に捉えることであった。
 よく、「ミカン3個とリンゴ5個を合わせて幾つ」といった問がなされる。注意すべきことは、ミカンとリンゴを合わせることはできない。加法が可能なのは、あくまでも同種の対象である。ミカンとリンゴを合わせるには、それらを果物と見ることにより同種のものとする必要がある。数えるという操作は、対象が異なる場合、異なるものを抽象して同種のものと見る、そしてそれに数を対応付ける、このとき必要なことは、1に対応した対象はその時点で他の対象とは異なったものと見る、すなわち同種のものを異種と見ることである。このように数える操作は、対象を「異を同と見て、同を異と見る」という考え方に支えられている。この例のように、課題(教材)を支える基本的な考え方を、明確に把握して指導に当たらないと、子どもは混乱する。
 以下、算数・数学の教材に見られる基本的な考え方の例を述べる。

2-1)十進位取り記数法
 位取り記数法の基本となる考え方は「まとめる」操作である。十進位取り記数法の原理を指導するに当たって、2位数の表し方からはじめる。指導に際して、多くの対象を効率よく数えるためには、10ずつまとめるとよいことに気付かせる。ここで大切なのは、「まとめる」ことのよさを実感させることである。実生活の経験から、2ずつまとめる、あるいは5ずつまとめると主張する子どももいる。このとき、10を強調しすぎると、2や5を主張した子どもは納得しない。まず、まとめることのよさを強調し、その上に立って、一般に10ずつまとめる、とすれば、すべての子どもが納得する。

2-2)同じ単位のものに対して行う操作としての加法(減法)
 2/5と3/7を加えることはできない。2/5は1/5を単位とする数であり、3/7は1/7を単位とする数である。しかし分数は他の数と異なり、a/bはam/bmと同じ数なので、二つの数は、分母を同じにする(通分)することにより、加法が可能になる。同じ単位を強調することにより、通分の意味が理解できる。

2-3)伴って変化する2量を考察する手段としての関数
 伴って変化する2量を順序対に表し考察する場合、「決める・決まる」の関係を明確にする必要がある。個数と値段の関係を調べる場合、個数を決めそれに対する値段を求める(個数,値段)のか、値段を決めそれに対する個数を求める(値段,個数)のかを、明確にする必要がある。決める量には、長さ、時間等、直線的・連続的に変化する量が用いられることが多いが、個数のように離散的に変化する量もあることに注意する。
 関数を支える基本的な考え方は、「set、order、variable、correspondence」と言われている。例えば、個数と値段の関係を、個数を決めそれに対する値段を調べる場合、まず始めに、「決める」量としの個数を集合として明確に捉えなければならない(set)。そしてその集合に順序を導入し(order)、導入した順序に従い変化させる(variable)。そしてその変化に対応する(correspondence)値段の変化の様子を考察する。
 個数の場合、それを自然数の集合としてとらえるのが普通であり、自然数には順序性があるので、順序と変化は自明の理となる。数学や自然科学の分野では、思考対象を数に置き換えることが一般的であるが、社会科学の分野では、新たな価値基準を導入することもあり、順序・変化の考え方は、対象の考察にあたり重要な役割を果たす。

2−4)確率の基礎としての「同様に確からしい」
 確率は、起こりうる事象が「同様に確からしい」とする仮説のもとに成り立つことを強調したい。子どもにとって、事象の生起が「同様に確からしい」ことは理解しづらい。確率は「同様に確からしい」ことを前提とした上で、議論を進めることを理解させる必要がある。多数回の試行の結果得られる統計的確率も、それをもとに議論を進める場合は、それらの事象の生起が「同様に確からしい」ことを仮定する必要がある。

2-5)利用可能な形での概念の導入
 課題解決は既知の概念を利用して行われる。従って、概念は利用可能な形で理解する必要がある。例えば、多角形の合同は対応する辺の長さや角の大きさが全て同じである、多角形の相似は対応する辺の比や角の大きさが全て同じである、とする。
 三角形の合同条件や相似条件を用いて、対象とする三角形の合同や相似が分かれば、直ちにその三角形の対応する辺(相似にあっては辺の比)や角の相等が導かれるようにしなければならない。

2−6)課題の性質
 例えば以下の課題のように、取り組みやすい課題として提示することが大切である。
● 児童生徒が主体性を発揮できる課題
● 知的好奇心を引き起こす課題
● 多様な考え方ができる課題
● 図示や表示ができる課題
● 成要素が浮き彫りになっている課題
 例えば、速さは距離と時間の二つの要素からなる。従って、距離と時間が別々に提示される課題よりは、速さとして提示される課題は、難しい。

以 上   

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