提言48: 学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方   (2012/6/18 記)  

 少子高齢化社会が到来し、産業・経済の構造的変化や雇用の多様化・流動化が進み終身雇用の慣行も崩壊してきている。また、社会全体のグローバル化やリーマン・ショック、財政危機に陥ったギリシヤ問題等の影響を受けて、経済の冷え込みに伴う世界的な消費の落ち込みや金融不安が拡大している。それに伴って、若年層における社会人・職業人としての資質・素養の欠如や、その背景にある精神的・社会的な自立の遅れが問題視されるようになった。
 今、児童生徒・学生には、将来、社会的・職業的に自立し、社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現することが求められている。それには、学校や社会において、勤労観・職業観を育み、自立できる能力を身に付けさせることが何よりも重要である。そこで、勤労観・職業観を育てるキャリア教育・職業教育の在り方について見解を述べてみたい。

1.キャリア教育・職業教育
 2012年3月19日、総理大臣官邸で、「第7回雇用戦略対話(注1)」の会合が開催された。その会合の中で、野田首相は本年半ばまでに策定する若者雇用戦略に向け、次の3点で検討を深めてほしいと要請した。
  第1は「機会均等の確保
  第2は「キャリア教育の充実
  第3は「若者のキャリア・アップ支援」 等である。
 この3点を検討事項にした背景には、就業構造や雇用慣行の変化に伴う大量の失業者の発生や若年者の非正規雇用者の増加による雇用環境の変化とそれに伴う、フリーター志向の広まり、いわゆるニートと呼ばれる若者の存在が社会問題になっているからである。また、教育、雇用・労働を巡る新たな課題として、児童生徒・学生等の勤労観・職業観が希薄化してきていることも挙げられる。
このような状況において、今、学校に求められる課題は、これからのキャリア教育・職業教育の重要性を認識し、その在り方を明確にすることである。

(1-1)キャリア教育とは
 「キャリア教育」という文言が最初に使用されるようになったのは、1999年12月、中央教育審議会が「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」答申した時で、今から12年前のことである。
 2011年1月、中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」の中で、キャリア教育とは「一人一人の社会的・職業的自立に向け必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」であると定義している。その上で、一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力として「基礎的・汎用的能力」を掲げている。したがって、学校でのキャリア教育は、特定の活動や指導内容・方法に限定されるものではなく、学校の様々な教育活動を通して、体系的・系統的に取組むことが重要である。
 キャリアについては、「個々人が生涯にわたって遂行する様々な立場や役割の連鎖及びその過程における自己と働くこととの関係付けや価値付けの累積(注2)」と記述されている。即ち、 キャリアとは、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく体系や積み重ねであると言える。
 キャリア発達とは、「過去、現在、将来の自分を考えて、社会の中で果たす役割や生き方を展望し、実現することがキャリア発達の過程(注3)」であると記述されている。即ち、 社会の中で自分の役割を果たしながら、自分らしい生き方を実現していく過程であると言える。 したがって、学校ではキャリア発達を促したり、支援したりする教育活動を推進することが重要である。
 1999年以前、学校教育におけるキャリア教育は、「進路指導」と呼ばれていた。児童生徒・学生の望ましい職業観・勤労観及び職業に関する知識や技能を育てるという内容よりも、進学や就職について指導・助言を行うという意味合いが強く、「進路ガイダンス」とも呼ばれた。つまり、上級学校への移行に偏重し過ぎていたとも言えることから、意味を刷新するために「キャリア教育」という文言が使用されるようになった。

(1-2)職業教育とは
 2011年1月の中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」には、職業教育とは「一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育」であると記述されている。しかし、特定の専門的な知識・技能の育成は学校教育のみでは、職業的自立に必要な基盤となる能力や態度を育てることは難しい。したがって、生涯学習の観点を踏まえた職業教育の在り方を考える必要がある。
 学校教育で行う職業教育は、専門分野の基礎的な知識や技能の育成とともに、知識・技能を活用する能力や、仕事に対峙する意欲・態度等を育成することが必要である。

(1-3)キャリア教育・職業教育の目標の設定
 キャリア教育は、その定義にあるように、一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促すことを目指す教育活動である。そのため、学校におけるキャリア教育・職業教育の目標設定に当たっては、その定義を踏まえ、地域、学校の特色や児童生徒の実態に即して、勤労観・職業観を育てるとともに、キャリアを形成していくための意欲・態度を培っていくようにすることが重要である。
 また、キャリア教育・職業教育は、児童生徒のキャリアが多様な側面をもちながら段階を追って発達していくことを認識し、一人一人の発達段階と発達課題の特質を踏まえた目標の設定に十分配慮しなければならない。
 1999年の中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」では、学校種間における接続だけではなく、「学校教育と職業生活との接続」の改善も視野に入れたものである。特に「小学校段階から発達に応じてキャリア教育を実施する必要がある。」と記述されていることに留意したい。したがて、小学校段階から生涯を通じて、児童生徒・学生等のキャリア発達を目指す具体的な目標を設定することが必要である。

2.キャリア教育・職業教育推進の経緯 
 1999年の中央教育審議会答申後、文部科学省は、キャリア教育・職業教育の充実に向けて、諸施策を推進してきた。今後、それらの教育を推進するための具体的な方策が明確にされるには、これまでの経緯を捉えることが必要である。
 キャリア教育・職業教育の推進について、時系列で整理をすると次のようになる。

(2-1)1999年の中央教育審議会答申
 中央教育審議会は、学校種間における接続だけではなく、「学校教育と職業生活との接続」の改善も視野に入れたもので、具体的には「小学校段階から発達段階に応じてキャリア教育を実施する必要がある」と提言した。

(2-2)初等中等教育におけるキャリア教育の推進
 文部科学省は、2004年1月に「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」を公表した。その中で、キャリア教育は「児童生徒一人一人のキャリア発達を支援し、それぞれにふさわしいキャリアを形成していくために必要な意欲・態度を育てる教育」と定義した。

(2-3)キャリア教育推進地域指定事業  
 2004年8月、文部科学省は、小学校・中学校・高等学校を通じ組織的・系統的なキャリア教育を行うための指導方法・指導内容の開発等を行うために、「2004年〜2006年までのキャリア教育推進地域指定事業(地域指定と主な調査研究内容)」をスタートさせた。

(2-4)キャリア教育実践プロジェクト
 2005年度には、産学官の連携による職場体験・インターンシップの推進のためのシステムづくり等地域の教育力を最大限に活用し、キャリア教育の推進を図るための調査研究を行う「キャリア教育実践プロジェクト」をスタートさせた。特に、中学校において5日間以上の職場体験を行う学習活動(キャリア・スタート・ウィーク)を通して、働くことの喜びや厳しさを学び、学習に対する意欲を向上させるための貴重な体験を図る等、キャリア教育・職業教育の推進を図るための調査研究を重視した。
 しかし、各学校の現状を見ると、キャリア教育の必要性は理解されながらも、その意味付けや受け止め方が多様で、教育課程の見直し、体験活動等の取組が十分とは言えない状況が明らかになった。

(2-5)キャリア教育推進の手引の作成
 2006年度には、2004年度に作成した「キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書」の内容をより分かりやすくする観点から、「小学校・中学校・高等学校キャリア教育推進の手引 〜 児童生徒一人一人の勤労観、職業観を育てるために 〜」を作成した。

(2-6)今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方に向け
 1999年、「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」答申後、約10年間に生徒・学生等の職業に関する興味・関心や進路も多様化してきた。このような状況を踏まえ、2008年12月24日、文部科学大臣は、中央教育審議会に対して、「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」諮問した。諮問後2年間を経て、2011年1月31日、中央教育審議会は「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」答申した。
 この答申の序章「はじめに」の中で、「…幼児期の教育から高等教育までを通したキャリア教育・職業教育の在り方」をまとめた答申は、過去に例を見ないと思われる。また、従来の学校段階ごとの考え方や、教育界、産業界ごとの立場を超えて、各界が一体となって取り組む必要性を、現状分析から具体的方策まで網羅的に提言している点で、本答申は大きな意義を有する。」と記述されているように、答申内容は、「はじめに〜第6章まで」が100ページ、「答申概要・付属資料」が10ページ、「注釈関係資料」が166ページ、合計276ページにも及ぶ膨大なものである。
 今後、学校におけるキャリア教育・職業教育の充実は、この答申が示した精神や方針に基づいて推進していかなければならない。

(2-7)「教育振興基本計画」の閣議決定
 2008年7月1日、「教育振興基本計画」が閣議決定された。政府が基本的な計画を定めることが教育基本法(2006年法律第120号)第17条第1項に規定されたからである。
 教育基本法に示された教育の理念の実現に向けて、今後10年間を通じて目指すべき教育の姿を明らかにするとともに、今後5年間(2008〜2012年度)に取り組むべき施策を総合的・計画的に推進するためである。

(8)キャリア教育に関する報告書作成
 2011年12月9日、「キャリア教育における外部人材活用等に関する調査研究協力者会議」が、報告書「学校が社会と協働して一日も早くすべての児童生徒に充実したキャリア教育を行うために」をまとめた。キャリア教育を行っていく上で、関係者間で求められる共通理解について、学校や教育委員会が求められる態勢づくり、学校が社会と協働して行うキャリア教育を進めていくための種々の方策等が示されている。

(9)キャリア教育・職業教育のカリキュラムデザイン
 各学校では、キャリア教育・職業教育推進の経緯を十分踏まえて、キャリア教育・職業教育推進のカリキュラムをデザインすることが重要である。

 ◆「キャリア教育・職業教育を今後いかに推進すべきか」については、改めて「提言50」で述べることにする。
注1:緊急雇用対策(2009年10月23日緊急雇用対策本部決定)に基づき、雇用戦略に関する重要事項について、内閣総理大臣の主導の下で、労働界・産業界を始め各界のリーダーや有識者が参加し、意見交換と合意形成を図ることを目的として、設置された雇用戦略対話
注2・注3:「小学校・中学校・高等学校 キャリア教育推進の手引」(2006.11 文部科学省)

以 上   

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