提言55: 平成24年全国学力調査と国際学力調査(TIMSS2011)結果に基づいて

小学校理科の授業改善を考えよう   (2013/2/25 記)  

 全国学力・学習状況調査が2012年4月17日、2年ぶりに実施された。小学6年生と中学3年生が対象である。国語、算数・数学に、今回から理科が新たに加わった。新学習指導要領の全面実施(小学校2011年、中学校2012年)によって、理科は中学校で33%、小学校で16%授業時間が増えた。国が理科教育に力を入れる中、児童生徒の理科の学力や、いわゆる「理科離れ」の実態を把握するため、今回から3年に1回程度、理科が学力テストに追加されることになった。また、2012年12月には、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2011)の結果報告(概要)が公表された。これらの調査結果の報告から本提言では、「理科離れ」の実態把握と解決の方策を提言したい。なお、提言LTと併せてお読みいただきたい。

T. 全国学力・学習状況調査の結果報告から
 ▼ 質問紙調査結果の考察 
 文部科学省は、今回の学力調査で、理科が新たに加わったことを受け、質問紙による調査を4つの項目を設けて行った。
 4つの項目は、[関心・意欲・態度]、[体験・学習・活用]、[観察・実験]、[説明問題への解答]である。[関心・意欲・態度]と[説明問題への解答]については提言51で考察した。本提言では、[体験・学習・活用]、[観察・実験]、の2つについて考察する。

 (T-1)[体験・学習・活用]
 ◆[体験・学習・活用]に関する質問と回答を整理すると、次のようになる。
  Œ質問70:「自然の中で遊んだことや自然観察をしたことがあるか」の問いに「ある」が小学校86%、中学校71%である。小学校は中学校に比べて16ポイント高い。
  質問71:「科学や自然について疑問を持ち、その疑問について人に質問したり、調べたりするか」の問いに、小学校約63% 、中学校約46%である。小学校は中学校に比べて17ポイント高い。
  Ž質問72:「理科の授業で学習したことを普段の生活の中で活用できないか考える」の問いに、小学校約62%、中学校約39%である。小学校は中学校に比べて23ポイント高い。た、算数(約66%)と比べ、大きな違いは見られない。
  質問75:「理科の授業で、自分の考え(考察)をまわりの人に説明したり発表したりしていますか」の問いに、小学校約47% ・中学校約27%である。小学校は中学校に比べて20ポイント高い。
 ◆[体験・学習・活用]による結果の考察
 小学生は、自然の中で遊んだことや自然観察をしたことがあるという子が比較的多い。中学生も多い方と言える。しかし、科学や自然について疑問をもち、その疑問について人に質問したり、調べたりするという小学生や中学生はポイントがぐっと下がる。さらに、理科の授業で学習したことを普段の生活の中で活用できないか考える小学生や中学生は、前問と同様に下がっている。「理科の授業で、自分の考え(考察)をまわりの人に説明したり発表したりしていますか」に至っては、積極的に行っている小学生は半分以下、中学生が約4分の1強である。
 これらのことから、小学生・中学生は、自然の中で遊んだり、自然観察をする等の体験はよく行っているが、観察したことから疑問を持ち、質問したり、調べたりという活動にはつながっていない。また、自分の考えを周りの人に説明したり、発表したりすることは、一段と低い。さらに、日常の生活と結びつけて考える力も十分でなく、学んだことを活用する力が低い。ポイントとしては算数・数学と同じようだが、どの項目も小学校と中学校の数値の差が大きい。表現力ともかかわって学習方法の改善が求められる。

 (T-2)[観察・実験]
 ◆[観察・実験] に関する質問と回答を整理すると、次のようになる。 
 Œ質問76:「観察や実験を行うことは好きですか」の問いに「好き」が小学校89%、中学校76%である。小学校は中学校に比べて13ポイント高い。
 質問77:「理科の授業で、自分の予想をもとに観察や実験の計画を立てていますか」の問いに「あてはまる」が小学校70%、中学校46%である。小学校は中学校に比べて24ポイント高い。
 Ž質問78:【小学校】「理科の授業で、観察や実験の結果から、どのようなことが分かったのか考えていますか」
 【中学校】「理科の授業で観察や実験の結果をもとに考察していますか」の問いに「あてはまる」が小学校約77% ・中学校約57%である。小学校は中学校に比べて20ポイント高い。
 質問79:「理科の授業で,観察や実験の進め方や考え方がまちがっていないかをふり返っていますか」の問いに「ふり返っている」が小学校:約65% ・中学校:約50%である。小学校は中学校に比べて15ポイント高い。
 質問80:【小学校】理科の授業でものをつくることは好きですか
 【中学校】理科の授業でものをつくること(簡単なカメラ,楽器,簡単なモーター,カイロなどをつくること)は好きですかの問いに、「好き」が小学校:約84% ・中学校:約68%である。小学校は中学校に比べて16ポイント高い。
 ◆[実験・観察]による結果の考察
 小学生・中学生とも観察や実験を行うことは好きである。一方、理科の授業で、自分の予想をもとに観察や実験の計画を立てるのは、やや苦手で、特に中学校では半分以下が計画を立てていると答えているにとどまっている。また、観察や実験の結果からの考察については、小学校も中学校も前問の観察や実験の計画を立てることよりも高い数値を示している。観察や実験の進め方や考え方がまちがっていないかをふり返っているか、については、小学校・中学校とも数値は高くない。理科の授業でのものづくりは、小学校・中学校とも観察・実験が好きという項目に次いで多い。
 これらのことから、小学生・中学生は理科の観察・実験やものづくりは好きである。しかし、観察・実験の計画を立てることは苦手で、計画はうまく立てられないが、結果の考察については、ほぼ行われていると考える。また、観察・実験の進め方や考え方の振り返りはあまり経験がないのかも知れない。
 いずれにしても、どの項目も中学校の数値が低く、さらなる観察・実験の充実が望まれる。

U. 国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2011)の結果報告(概要)から
 (U-1) 調査の概要
 国際教育到達度評価学会(IEA)が、児童生徒の算数・数学、理科の到達度を国際的 な尺度によって測定し、児童生徒の学習環境等との関係を明らかにするために4年毎に実施している。今回、小学校は50か国・地域(約26万人)、中学校は42か国・地域(約24万人)が参加している。(※一部の国で、調査対象と異なる学年が調査を受けているため、それらの国については含めていない。)
我が国では、149校の小学校4年生約4400人、138校の中学校2年生約4400人が参加し、平成23(2011)年3月に実施された。

 (U-2) 結果の概要
 (a)教科別の結果概要特
 小学校では算数、理科とも前回調査に比べ、平均得点が有意に上昇するとともに、習熟度の低い児童の割合が減少し、習熟度の高い児童の割合が増加している。
 中学校では数学、理科とも平均得点は前回調査と同程度だが、習熟度の高い生徒の割合が増加している。
 小学校理科を主な参加50カ国/地域から見ると、平均得点は,韓国が587点,シンガポールが583点,フィンランドが570点,我が国が559点の順で第4位となっている。
 我が国の平均得点は,統計上の誤差を考慮すると,韓国,シンガポール,フィンランドより有意に低く,ロシアと同程度であり,台湾,アメリカ,チェコ,香港,ハンガリー以下の全ての参加国/地域より有意に高い。(得点を平均500点,標準偏差100点とする分布モデルの推定値として算出している。)
 (b理科の得点の変化
 TIMSS2011の目的の一つに,TIMSS2011の結果とTIMSS1995以降の結果における同学年の比較を行うことがある。小学校4年生については,TIMSS1995,TIMSS2003及びTIMSS2007とTIMSS2011における同学年の比較を行っている。
 我が国の小学校4年生の理科の平均得点は559点であり,TIMSS2007よりも11点,TIMSS2003よりも15点,TIMSS1995よりも5点有意に高くなっており,過去の結果と比較して,理科の学力は向上しているといえる。
 1995年の平均得点:553点(2位/26か国)2003年の平均得点:543点(3位/25か国) 2007年の平均得点:548点(4位/36か国)  2011年の平均得点:559点(4位/50か国) (1999年:小学校は調査を実施せず)
 これらの結果から新聞報道等では、小学校は「脱ゆとりの成果」「脱ゆとり理数 上向く」などの見出しで、小学校の算数・理科で過去最高得点をとり、学力低下に歯止めがかかったような報道がされた。しかし、そのまま鵜呑みにすることはできない。
 例えば、小学校4年生の理科の問題(公表問題)を例にあげると
 問題:下は、花のさいた植物の絵です。4つの部分に数字がついています。下の表に、それぞれの番号の部分の名前と役割を書きなさい。
Dandelion(蒲公英)

 正答:植物の4つの部分の名前と3つ以上の機能を正しく答えているもの
 この問題は、生物の領域で、花のつくりと働きを問う知識の問題である。我が国の正答率は20%で、国際平均の21%とほぼ同じようであるが、シンガポールの80%、韓国の42%には遠く及ばない。この例のように、理科の点数が過去最高と言っても課題は多々ある。
  (c質問紙調査の結果の概要
 ●算数・数学、理科に対する意識について
 「理科の勉強は楽しいと思う」と答えた小学4年生は、国際平均(88%)を2ポイント上回る90%だったが、中学2年生は63%と国際平均(80%)を17ポイントも下回った。また、「数学、理科を使うことが含まれる職業につきたい」(中学2年生)は理科20%国際平均(56%)を36ポイントも下回っている。つまり、我が国の児童生徒は、理科の成績は良くても学年が上がるにつれ理科の勉強を楽しいと思わなくなり、生活や将来の職業とも結び付きにくくなっているという現状が、国際的に見ても明らかになった。 

  V. 「理科離れ」への対応と小学校理科指導の在り方・指導の改善
 「理科離れ」が言われて久しい。今回の学力テストでは、「理科の勉強は大切だと思いますか」「理科の授業で学習したことは、将来、役に立つと思いますか」「将来、理科や科学技術に関する職業につきたいと思いますか」「自然の中で遊んだり自然観察をしたりしたことがありますか」「観察や実験の結果から、どのようなことが分かったのか考えていますか」「ものをつくることは好きですか」等の児童生徒の理科への意識を把握するための質問も設けられ、「理科離れ」についての実態を分析する手がかりとなる。
 また、国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2011)結果からも文部科学省の調査と同じ傾向がある。
理科離れ」とは、 
 理科に対して、児童生徒の興味・関心が低くなったり、授業における理解力が低下したり、日常生活において重要と思われる基礎的な科学的知識をもたない人々が増えていたりすると言われる一連の議論である。科学的思考力や問題解決の力の低下により、特に学年か進むにしたがって、授業の内容を理解できない児童生徒が増え、専門的知識・技能を有する人材の育成が難しくなることが問題として指摘されている。

   (V-1)児童生徒の成績は良いが、理科の勉強は楽しくないという現状 
 我が国の児童生徒の理科や算数(数学)の学力は、国際的にトップクラスであると言われてきたが、ここ数年、学力の低下が見られ、危機感を抱いてきた。
 今回の調査結果から、小学生は、理科が好きで、学習内容もよく分かり、理科は大切な教科と捉え、関心・意欲が高いということができるが、中学生に進むにしたがって、「関心・意欲・態度」が低下し、理解度も大きく落ち込む傾向が浮かび上がってきた。
 また、「体験・学習・活用」の観点から、小学生・中学生とも、自然の中で遊んだり、自然観察をする等の体験はよく行っているが、観察したことから疑問をもち、質問したり、調べたりという活動にはつながっていない。日常の生活と結びつけて考える力も十分でなく、学んだことを活用する力が低い。
 この傾向は、今回発表された国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2011)の結果からも言える。具体的には
 Œ「勉強が楽しい」と回答した小学生、中学生の割合は、前回調査と比べ増加しており、特に、小学生の理科は前回調査に続き、国際平均を上回っている。一方、中学生は数学、理科ともに前回調査に続き、国際平均よりも低い。 
 「希望する仕事につくために数学、理科で良い成績を取る必要がある」と回答した中学生の割合は、前回調査と比べ増加しているが、国際平均よりも低い。
 表現力、コミニにケーション能力とかかわって、授業の改善が求められる。

   (V-2)教師は「理科離れ」からの脱皮しよう
 教師自身の「理科離れ」は深刻で、授業改善に対応できるかという不安がある。児童生徒の「理科離れ」を克服するための方策として、新学習指導要領の理科においては、授業時数を増加し、基礎的・基本的な知識・技能の確実な定着と思考力、判断力、表現力等の育成を図るため、観察・実験や実際の場面で活用する活動等の改善を図ることになった。特に教職経験10年未満の教師に苦手意識をもっている割合が高い。大学時代の専攻の理系・非理系別に見た「苦手」または「やや苦手」の割合については、各分野とも非理系の教師の方が苦手意識をもっている割合が高い。(提言47参照)
 先の国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2011)の報告の概要では、「私の先生の授業はわかりやすい」小学校81%(国際平均90%)中学校65%(国際平均79%)である。
 また、児童生徒から見た保護者の学習に対する関心について、小学生の約6割、中学生の約5割が、週に1回以上「私の親は、学校で習っていることについて私に尋ねる」と回答しているが、国際平均よりも低い。
 昨年、ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥京都大学教授は、講演の中で以下のように語っている。「理系離れは深刻です。日本では研究者の地位があまりにも低い。若い人たちに研究者が魅力的な仕事に見えていません。このままでは担い手が、いなくなってしまうと懸念しています。米国では日本の逆です。研究者の社会的地位が高い。ハードワークなのは日米同じですが、ちゃんとした家に住んで、ホームパーティーを開いて、楽しく暮らしている人が多いのです。給料そのものも高く、ベンチャー企業とのつながりも強い。米国では研究者が憧れの職業なのです」と。
 児童生徒は理科が好きである。得点も高い。日本の未来を担う児童生徒が学ぶ喜びを実感できるよう、体験的な学習、問題解決学習の一層の充実を図ってほしい。児童生徒の理科離れを解消するには、指導力の向上、授業の改善を図るなど教師の努力にかかっているといっても過言ではない。
以 上   

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